麒麟がくる

【麒麟がくる】土岐頼芸(尾美としのり)の83年の流転の人生!芸は身を助けたのか?

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土岐氏は、室町幕府から美濃の守護に命じられた由緒正しい家柄です。

戦国の世ではなく、平和な世の中であったら一生平穏に暮らせたはずの土岐頼芸(ときよりのり)ですが、土岐家の家督争いから始まり、斉藤道三に美濃を追われるなど、波瀾万丈な人生を送ります。

この記事では、戦国の動乱に巻き込まれ、あちこちに流されながらも、逞しく83年を生き抜いた土岐頼芸の人生をまとめていきます。

そして、土岐頼芸を演じる尾美としのりさんについても調べました。

この記事では、

  • 土岐頼芸の人生とはどんなものだったのか?
  • 鷹の絵で有名な文化人

この2点について、考察します。

土岐頼芸の流転の人生

兄・頼武と土岐氏の家督争いをする

土岐頼芸は、土岐政房の二男として、1502年に生まれました。

頼芸は、父・政房に溺愛されたため、兄・頼武との家督争いに巻き込まれます。

ここでは、家臣に担ぎ上げられたという印象が強く、浮いたり沈んだりを繰り返した感じです。

兄・頼武に付く者と、頼芸に付く者と家臣がふたつに分かれ、1517年には内紛となります。

頼芸は、まだ15歳ですね。

その内紛は1年続きますが、頼芸側が勝利して、兄・頼武は、越前朝倉氏の元に逃れました。

しかし、朝倉氏の支援を受けると形勢逆転し、兄・頼武が美濃守護に戻ります。この時の守護代は斉藤利茂ですが、道三の斉藤家とは違います。

その後しばらくは兄・頼武が、守護の座を守りますが、

1525年に、長井長弘、長井新左衛門尉(道三の父)が復活をかけて挙兵し、守護代の居城・稲葉山城を取り戻しました。

また美濃守護の本拠地も占拠して、土岐頼芸を再び美濃の守護の座につけました。

この時、頼芸は23歳ですね。

その戦で大きな貢献をしたのが長井規秀(のちの斉藤道三)だということで、頼芸は道三を頼るようになったと言います。

そして、頼芸が愛妾の深芳野を道三に渡した話は、他の記事でも掘り下げましたが、後に斎藤道三親子にとっての確執の元になりました。

関連記事:【麒麟がくる】本木雅弘の怪演が話題に!斉藤道三の婿殺し!

”自分の父親は本当は頼芸なのではないか?”と、斎藤高政を悩ませることになります。

その後、再び兄を越前に追放して美濃守護を宣言すると、美濃はまた内乱となったので、1539年には、兄の息子である土岐頼純と和睦して落ち着きました。

この時、頼芸は37歳になっていました。

斎藤道三に追放される

しかし、1541年に頼芸の弟を斉藤道三が毒殺したことで、今度は道三と対立するようになっていきます。

「麒麟がくる」の中で「操り人形は殺しません」という道三(利政)のセリフがありましたが、頼芸は道三にとって、立身出世のための都合のいい人物だったのでしょう。

ドラマの中では、道三の息子の高政を味方に取り込もうと”息子のように思っている”と言ったり、織田に手紙を送ったり動いていましたが、最後には道三に追放されてしまいます。

そして斎藤道三が美濃の国主になりました。

守護に返り咲きを目論むが、、、

美濃を追われた土岐頼芸は、織田信秀を頼ります

一度、実権がない守護として美濃に戻るも、信秀の息子・織田信長と帰蝶の結婚で、斉藤道三と織田信秀は和睦して再び失権してしまい、織田方に自分の不遇を訴えますが、どうにもならず、親戚の六角氏へと流れていきます。

1568年六角氏が織田勢に加わると、頼芸は甲斐の武田氏を頼りました

頼芸は、66歳ですね。そこでしばらく過ごしています。

1582年には、武田氏を制圧した織田信長に、隠居していた恵林寺を焼かれてしまいました。

その時に織田方に捕まってしまいましたが、この時はかつて土岐氏の家来であった稲葉良通のおかげで生き延びました。

そして、美濃は織田領になっていましたが、故郷美濃にやっと帰ることができたのです。

その後、安心したのでしょうか?間もなく亡くなったようです。

こうやって見ていくと、幼い頃は父親に溺愛され、その後も不遇ではありましたが、なぜか頼るところが次々と見つかり、、やはり憎めない愛されキャラだったのか?

それとも、立ち回りがうまい要領のいい人だったか?どちらかでしょうか・・?

私の願いとしては、愛されキャラであって欲しいなと思いました。

尾美さんのお芝居とは違いますが・・。

亡くなったのは81歳とも、83歳とも言われていますが、戦で死ぬこともなく、当時としてはたいへんな長生きだったのではないでしょうか?

絵の才能がある文化人・土岐頼芸

よく、芸は身を助けると言いますが、土岐頼芸は、絵がうまい芸術家の一面があり、特に鷹の絵を得意としていることで有名でした。

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彼の子孫には、江戸幕府で絵描きになった人物もいます。

やはり、絵を描く才能は確かだったようですね。

頼芸がどんな風に、行く先々の国で立ち回っていたのかはわかりませんが、このたぐい稀な絵の才能も彼の身を助けたのではないかなと思います。

土岐頼芸を演じている尾美としのりさんについて

尾美としのりさんのプロフィール

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氏名:尾美 としのり

生年月日:1965年12月7日(54歳)

出身:東京都 目黒区

身長:174cm

体重:70kg

血液型:B型

家族:妻

主な出演作品:転校生、時をかける少女、さびしんぼう、鬼平犯科帳、あまちゃんなど数えきれない程たくさんあります。

尾美としのりさんは、子役出身で、幼稚園の頃に劇団ひまわりに入りました。

とすると、芸歴約50年くらいでしょうか?

1970年代後半から1980年代には、「転校生」「時をかける少女」などの青春映画に多数出演していました。大林宣彦監督の作品には14作出演しています。

若い(というか幼い)頃からお芝居をしてきて、今は脇で存在感のあるいい芝居をするというイメージがあります。

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最近では、「あまちゃん」でヒロイン・アキのお父さん役が印象に残っています。

大河ドラマにも5回出演しているようです。

土岐頼芸という人物を演じるにあたって、事前に文献や資料を読みましたが、それで役ずくりをするというより、現場で監督と話し合いながら頼芸像を作りあげています。ですからシーンを重ねるごとに近ずいているという感じです。
頼芸は斉藤道三のことは怖がっているし嫌いなので、どうにかして斉藤道三の息子である高政と家臣である光秀を手なずけようとします。そういうずる賢さが全体を通して垣間見えたらいいなと思って演じています。
__________麒麟がくる HP より抜粋_______________

道三に「操り人形は殺しません」と言われた時の目のお芝居が、すごくよかったです。

これからも、尾美さんの頼芸が、ドラマのアクセントになることを期待しています。

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