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【麒麟がくる】藤吉郎は明智光秀最大のライバル!佐々木蔵之介はどんな「猿」になるのか?

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4月12日放送の第13回で後の豊臣秀吉である藤吉郎が登場しました!

初対面の駒を相手に積極的に話しかける様子は「出世のために勉強しなければ」という出世に対する情熱と、後に「人たらし」とも呼ばれるコミュニケーション能力の高さを感じさせます。

そしてキャッチコピーに「光秀最大のライバル」とされているように、明智光秀とともに織田信長に仕え、明智光秀を討つのがこの藤吉郎です。

藤吉郎が貧しい農民の生まれからどのようにのし上がり天下統一を達成したのか、また光秀とどのような関係だったのかまとめました!

光秀最大のライバル・藤吉郎が初登場!

4月12日放送の第13回で後の豊臣秀吉である藤吉郎が登場しました!

藤吉郎は農民の生まれでありながら、天下統一までやり遂げる大出世を成し遂げる人物です。

そして本能寺の変で織田信長を討った、明智光秀を追い詰める人物でもあります。

藤吉郎が貧しい生まれからどのようにのし上がったのか、また光秀とどのような関係だったのかご紹介します。

出世の鬼・藤吉郎

藤吉郎は1537年ごろに尾張で生まれます。

農民の子なので姓はありません。

最初から織田信長に仕えたわけではなく、最初は今川の家臣に仕えることになります。

『麒麟がくる』でも「これからは今川様の世だ」というセリフがありますね。

その後1554年、17歳の時に織田信長に小者として仕えるようになります。

小者とは簡単に言えば雑用係です。

織田信長の草履を温めていた話はとても有名ですね。

1560年ごろになると、藤吉郎は他国の武将との交渉にあたるようになり、小者の名前ではいけないと木下秀吉と名乗るようになります。

草履取りから外交を担うようになるというその出世ぶりも、それを5、6年で成し遂げるというスピードもすさまじいものがあります。

『麒麟がくる』でも「字が読めぬと出世できんと言われてな!」と豪快に笑い飛ばしていましたが、出世に対して並々ならぬ執着があったのでしょう。

ねねとの結婚や、有名な「一夜城」の築城もこのころのことです。

出世街道まっしぐらのこのころ、木下秀吉と明智光秀は出会うことになります。

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秀吉と光秀の出会い

明智光秀が織田信長に仕えるようになるのは1568年ごろのことです。

当然、秀吉とも顔を合わせることもあったでしょう。

着実に出世してきた秀吉と、新参者だけど能力をかわれた光秀はやはりお互いライバルとして意識していたのではないでしょうか。

『麒麟がくる』でこの辺がどのように描かれるのかもとても楽しみです。

ちなみに長谷川博己さんと佐々木蔵之介さんはどちらも身長が182cmと高身長。

迫力のある火花の散らしあいがみられそうですね。

そんなライバル関係の二人ですが、1570年金ケ崎の戦いで共闘することになります。

織田信長は越前の朝倉義景討伐に乗り出しますが、同盟を組んでいたはずの浅井長政が裏切り、両者から挟み撃ちにされてしまいます。

さすがの織田信長でも、この挟み撃ちを迎え撃ちカッコよく勝つ!というわけにはいきません。

そこで秀吉と光秀が殿(しんがり)となって織田信長を撤退させました。

殿とは、後退する部隊の中で最後尾にたって敵を足止めさせる危険で重要な仕事です。

大変な仕事をやり遂げた秀吉と光秀の評価はこの後もどんどんあがってゆき、ついには織田信長の家臣の中でも五本の指に入る地位を手に入れます。

1573年には、小者のころから使っていた木下という姓を捨て、羽柴秀吉と名乗るようになります。

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秀吉と光秀の決別

1575年になると信長が本格的に天下布武に乗り出しました。

そして秀吉は中国地方の攻略を命じられます。

得意の兵糧攻めを駆使しながらじわじわと中国地方を攻略していく秀吉。

そんななか、秀吉に「光秀が信長を討った」というとんでもない知らせが舞い込んできます。

1582年の本能寺の変です。

本能寺の変が起こったのが6月2日の早朝。

3日夜から4日未明ごろそれを知った秀吉はすぐさま行動を開始します。

戦の相手である毛利輝元と講和を結び、休戦します。

そこから約230kmの距離を10日間で走り切り、誰よりも早く京都にたどり着き明智光秀との戦いに臨みました。

この秀吉軍の行軍は「中国大返し」と呼ばれ、明智光秀との戦いは「山崎の戦い」のほか「天王山の戦い」とも呼ばれています。

今でも勝敗の分かれ目となる大事な時を「天王山」といいますが、この山崎の戦いに由来するものです。

この戦いで明智光秀は敗れ、最後は落ち武者狩りの農民に討たれたといわれています。

そして秀吉は織田信長が亡くなり明智光秀に勝利した後、天下統一への道を進んでいくのです。

秀吉の天下統一

信長の死後、誰を後継者とするか織田家の家臣勢ぞろいで会議が開かれました。

尾張の清州城で行われたことから「清須会議」と言われています。

三谷幸喜監督が映画の題材にもしていますね。

清須会議で秀吉は織田家の筆頭家老だった柴田勝家と対立します。

しかし最終的には秀吉が擁立した信長の長男・信忠の嫡男の三法師が後継者となり、秀吉は権力を増していきました。

この時対立した柴田勝家は最終的に「賤ケ岳の戦い」で秀吉に討たれます。

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その後、秀吉は1585年には関白になり、翌年には朝廷から豊臣の姓を賜り太政大臣になります。

さらに最後まで反秀吉だった北条氏を1590年に滅ぼし、豊臣秀吉は天下統一を果たしました。

しかし、その後徐々に迷走を始めていきます。

1592年と1596年には朝鮮に出兵し、ほかの大名から不満を買い、さらには関白を継いでいた甥の秀次に謀反の疑いをかけ自害させます。

もともと「人たらし」と呼ばれるほど人の心をつかむのがうまかった秀吉ですが、なぜこのような暴君になってしまったのでしょうか。

年を取って認知症になっていたのでは?という話もありますが真相は謎です。

1598年に秀吉は「醍醐の花見」とよばれるとても豪華な花見を催し、その半年後に息を引き取ります。

そしていよいよ徳川家康の時代がやってくるのです。

佐々木蔵之介のプロフィール

本名:佐々木 秀明(ささき ひであき)

生年月日:1968年2月4日

出身:京都府京都市

身長:182cm

血液型:O型

佐々木蔵之介さんは京都出身の俳優です。

実家は「佐々木酒造」という由緒ある酒蔵で、蔵之介という名前はそこからつけられたようです。

酒蔵を継ぐために神戸大学農学部に進学しますが、そこで演劇の面白さに目覚めてしまい、父親の反対を押し切って俳優の道に進みます。

今ではテレビドラマに映画・舞台と幅広く活躍されており、今やなくてはならない名俳優といえるでしょう。

大河ドラマへの出演は2007年『風林火山』真田幸隆役以来、二回目です。

藤吉郎を演じるにあたって

佐々木蔵之介さんは公式HPでこのようにコメントされています。

今残っている歴史や語り継がれているものは、信長、秀吉、家康などの勝者から見たもので、今回描かれるのは明智光秀から見た歴史だと思います。すると当然、藤吉郎というか秀吉像はこれまでと変わってくるはずなので、そこを楽しみにしています。

確かに豊臣秀吉というと、ちょっとおちゃめな三枚目のような印象があり、佐々木蔵之介さんのキャスティングというのはちょっと意外な印象もあります。

それだけに、これから藤吉郎がどのように描かれるのかとても気になります。

光秀最大のライバルですから、次回以降の登場も楽しみです!

まとめ

  • 藤吉郎の出世・豊臣秀吉となり天下統一するまで
  • 明智光秀の最大のライバル・山崎の戦いで藤吉郎が光秀を討つ
  • 藤吉郎役の佐々木蔵之介について

次回予告をみると第14回も藤吉郎が登場するようです。

明智光秀からみた藤吉郎、そして秀吉から目が離せません!

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